犬島「家プロジェクト」——妹島和世×長谷川祐子が編む、5つの家と「石職人の家跡」を歩く“見えない美術館”
岡山・犬島の集落に点在する「家」をめぐりながら、現代アートと日常風景が重なり合う体験をつくるのが犬島「家プロジェクト」です。5つのギャラリー(F/S/I/A/C邸)と「石職人の家跡」を歩くことで、島全体が静かに立ち上がる——そんな“散策型ミュージアム”の魅力を、建築と作品の両面からひもときます。
犬島「家プロジェクト」とは——集落に散在する“家”で、風景そのものを鑑賞する

犬島「家プロジェクト」は、集落のなかに「日常の中の美しい風景」や、作品の向こうに広がる身近な自然を感じられるように、2010年に企画展示を目的としたギャラリーとして始動しました。アーティスティックディレクターは長谷川祐子、建築は妹島和世が担当し、現在は「F邸」「S邸」「I邸」「A邸」「C邸」の5つのギャラリーと「石職人の家跡」に作品が公開されています。
このプロジェクトがユニークなのは、鑑賞の“主役”が作品単体ではなく、作品へ向かう道のりや、路地の奥でふいに現れる光、島の暮らしの気配まで含んだ体験として設計されている点です。長谷川は、島のスケール感を「一つの美術館の中を歩く体験時間」にも重ね、島全体を大きな“見えない美術館”とみなす視点を提示しています。
建築的特徴——妹島和世がつくる「鑑賞者・作品・島の風景」が一体化する器

犬島「家プロジェクト」の建築は、いわゆる“白い箱”の展示室とは異なる思想で組み立てられています。公式の説明でも、妹島和世は「鑑賞する人と作品と島の風景が一体となるよう建物をデザイン」したとされ、展示空間を「風景へのレンズ」として機能させることが核になっています。

具体的には、かつての民家の瓦屋根や古材といった時間の層を残しつつ、透明なアクリル、周囲の風景を映し出すアルミなど、異質な素材が組み合わされます。結果として、建築は“背景”に退くのではなく、見る行為そのものを編集する装置になります。
たとえば、透明素材がつくる境界は「内外」を分断するためではなく、むしろ風や緑、反射や透過を介して、外部の情報を室内に引き込むために使われます。窓の切り取り、反射面の角度、視点が定まる立ち位置——その一つひとつが、作品の鑑賞を“空間体験”へ拡張していきます。
建築家:妹島和世
妹島和世は1987年に妹島和世建築設計事務所を設立し、1995年に西沢立衛とSANAAを設立。2010年にプリツカー賞を受賞し、代表作として金沢21世紀美術館、ROLEXラーニングセンター、ルーヴル・ランスなどが挙げられます(※印はSANAA)。犬島「家プロジェクト」(2010年)もその主要な仕事の一つに位置づけられています。
アーティスティックディレクター:長谷川祐子
長谷川祐子はキュレーター/近現代美術史研究者で、犬島「家プロジェクト」のアーティスティックディレクターを務めます。前・金沢21世紀美術館館長であり、文化庁長官表彰(2020年)、フランス芸術文化勲章(シュヴァリエ/オフィシエ)、ブラジル文化勲章などを受賞。各地のビエンナーレや国際展の企画でも知られます。
6つの展示地点をめぐる——5つのギャラリー(F/S/A/C/I邸)+「石職人の家跡」

長谷川は、このプロジェクトのテーマを「桃源郷」と記し、日常の延長にありながら、隔離された豊かな場所としてのイメージを重ねています。さらに2019年時点の整理として、F邸から海へ抜けていくように、各作品を“一連の物語”として接続する見立ても提示しています。
F邸:名和晃平《Biota (Fauna/Flora)》——“生命の生成”を、家のスケールに落とす

F邸は、名和晃平の《Biota (Fauna/Flora)》が展開される場として知られます。作品は、自然界の生成や増殖を連想させる密度で空間に立ち上がり、鑑賞者は「家」という身体に近いスケールのなかで、生命の気配を“近距離で”受け止めることになります。

長谷川の記述では、F邸は物語の起点として「生命の誕生」に位置づけられています。展示室としての過剰な演出ではなく、集落のなかの一軒家として存在することが、作品の生々しさを際立たせます。
S邸:荒神明香《コンタクトレンズ》——風景が“歪み、増幅される”透明のギャラリー

S邸は、透明アクリルの壁が連なる建築のなかに、無数の円形レンズが浮かぶ荒神明香《コンタクトレンズ》(2013年)を展示します。大きさや焦点の異なるレンズを通して、周囲の景色の形や大きさが歪んで映し出され、見える世界の多様性を促す、と公式に説明されています。

建築が透明であるほど、レンズ越しの像は“島の現実”を素材として取り込みます。作品が外部環境に開かれているため、天候や季節、通り過ぎる人の気配までが、鑑賞の一部として更新され続けます。
A邸:ベアトリス・ミリャーゼス《イエロー フラワー ドリーム》——色彩がつくる仮想風景

A邸では、ベアトリス・ミリャーゼス《イエロー フラワー ドリーム》(2018年)が、島の自然や暮らしの生命感を“色”として立ち上げます。作家はA邸の建築に「周囲のコミュニティや自然が融合された彫刻」という印象を受け、それを基点に、幾何形体や生命感をエネルギーあふれる色で仮想風景として表現した、とされています。
透明な境界が内外を隔てる一方で、色彩はむしろ境界を越えて視界に侵入し、島の風景に“新しいリズム”を付与します。自然の緑や海の青に対して、作品の色がぶつかり合い、視覚が更新される瞬間が生まれます。
C邸:半田真規《無題(C邸の花)》——集会所だった場所に置かれる、静かな“献花”

C邸は、かつて集会所であった建物に、半田真規の木彫《無題(C邸の花)》(2019年)をひっそりと置く展示です。公式説明では、その木彫は奉納された切り花のように静かなエネルギーを内包し、犬島に生きる人々から発せられるエネルギーにインスピレーションを得て、島の「生」とともに呼吸し続けると語られます。
ここでは建築の「暗さ」「奥行き」「気配」が重要な演出装置になります。明るい展示室で“見せる”のではなく、薄暗さのなかで“出会ってしまう”構図が、集落の記憶と作品を密着させます。
I邸:オラファー・エリアソン《Self-loop》——鏡が結ぶ2つの窓、無限のトンネル

I邸は、向かい合う3つの鏡を配置し、2方向に開かれた窓からの風景を結びつける《Self-loop》(2015年)を展示します。公式説明では、鑑賞者は一点で“無限のトンネル”のただ中にいる自分を見つけ、無限の空間とつながるスポットによって新しい感覚の旅に誘われる、とされています。

鏡は「自分」を映すだけでなく、「島の風景」と「鑑賞者」を同一のループに折りたたみます。外の光景を借景として取り込みながら、室内で時空感覚を揺らす——妹島の“風景と一体化する器”という思想が、最も明確に表れるポイントです。
石職人の家跡:淺井裕介《太古の声を聴くように、昨日の声を聴く》ほか——土地の記憶が、路地へ滲み出す

「石職人の家跡」では、淺井裕介の《太古の声を聴くように、昨日の声を聴く》(2013–2016年)などが展開されます。素材や場所に蓄積された記憶に反応するように、動植物のモチーフが土地に根差し、さらに敷地を飛び出して集落内の路地にも展開していく、と説明されています。
ここでの“展示空間”は建物ではなく、地面、壁、路地、そして歩く時間です。アートが鑑賞者の視界に突然入り込む構造は、プロジェクト全体が掲げる「島の生活と柔らかく共存する」態度と直結しています。
「桃源郷」という編集——日常の延長に、豊かな隔たりをつくる

長谷川は、犬島「家プロジェクト」のテーマを「桃源郷」とし、それを「日常の延長にありながら、隔離された豊かな場所」と表現しています。さらに、住む人々と物語を交換する場所でもある、と位置づけます。
この言葉が説得力を持つのは、作品が“非日常”を押しつけるのではなく、島の「普段着のうつくしい風景」へと感覚をチューニングしていくからです。島を一周できるほどのスケール感のなかで、アートは観光のイベントではなく、風景の読み方を変える道具として働きます。
建築好きの視点での見どころ——「素材」「境界」「視点場」を読む
犬島「家プロジェクト」を建築として味わうなら、次の3点が軸になります。
1つ目は素材です。瓦屋根や古材のように“時間を背負う素材”と、アクリルやアルミのように“現在の質感”を持つ素材が、同じ一棟の中でせめぎ合います。
2つ目は境界です。透明な壁は、分けるためではなく、風景を取り込むために存在します。外部の自然や生活の動きが、展示の内容そのものを更新します。
3つ目は視点場です。I邸の鏡の一点、S邸のレンズの前、A邸の色彩が重なる距離——“ここに立つと意味が切り替わる”場所が、きわめて精密に埋め込まれています。
犬島で出会うのは、作品だけではなく「生きられた風景」
犬島「家プロジェクト」は、妹島和世の建築がつくる“風景と一体化する器”の上に、長谷川祐子のキュレーションが「桃源郷」という物語性を重ね、集落の路地や暮らしの時間までも作品化していくプロジェクトです。
5つのギャラリーと「石職人の家跡」を歩く体験は、アート鑑賞というより、感覚の解像度を上げる散策に近いかもしれません。島の普段の営みが、レンズで歪み、色で震え、鏡で無限化し、路地の壁に芽吹く——その連鎖の先に、犬島ならではの“見えない美術館”が立ち上がります。