「命の短い生き物に囲まれていたから、永く残る建築に惹かれた」建築家・板坂諭が語るデザインで大切にしているポイントや建築家を目指したきっかけについて
建築をベースに、アートキュレーション、プロダクトデザインなど幅広いジャンルで創作活動を行う建築家・板坂諭さん。2025年大阪・関西万博のパビリオン設計、フランスのメゾン・エルメス社とのデザインプロジェクトにも携わるなど、国内外で活躍されています。今回は板坂さんにデザインにおいて大切にしているポイントや建築家を目指したきっかけについて伺いました。
建築家・板坂諭
1978年生まれ。大学卒業後、設計事務所勤務を経て、2012年に建築設計、プロダクトデザイン、アートの製作やキュレーションなど幅広い分野で創作活動を行う「株式会社the design labo」を設立。建築設計をメインとしながらも、国内外の企業からの依頼を受けプロダクトデザインを担当。国内外のギャラリーやアートイベントで作品を発表し、幾つかの作品が美術館のコレクションに加えられるなど、エリアやジャンルを越えた活動を行っている。著書に『New Made In Japan The Works of h220430』(青幻社)、「IN THINGS」(Lecturis)がある。
微生物を大切にしながらデザインする
まずは日常生活の中で大切にされているデザインについて伺いました。
「やはり建築のデザインは大切にしているのですが、最近は次のステージまで気にかけています。建築において、『神は細部に宿る』など言われて、細かい収まりが重要視されるのですが、だんだんと“細部”のレベルをより細かくしていて、いよいよ目に見えないものに興味を持つようになりました。具体的に言うとバクテリアや微生物など、そういった生き物が気になっています。
昔からやおよろずの神とか、目に見えないものを大事にする文化が日本にはあるので、微生物こそ神なのではないかと考えながらデザインを行っています」
無数の菌や微生物と過ごす、心地よいオフィス空間
建築家として、お好きな空間はどういったものなのでしょうか。
「僕は普段オフィスにいる時間が長いので、そこを好きなように構築していることもあり、オフィスが居心地のいい空間です。現在オフィスとして利用しているところが二箇所あるのですが、1つは大正時代の古民家をリノベーションして使わせて頂いていて、そこでも目に見えないものを大切にデザインしました。大正時代から受け継がれた天井板や柱といったものに無数の酵母や菌がいると考えています。実際にいらっしゃるお客様には『ここは気がいいね』なんて言ってくださる方も多いんです。まさにそうした目に見えない“細部”まで大事に設計した空間です。
もう一つは近代的なオフィスビルなのですが、ジャングルのように植物で満ちた空間を作りました。そこで仕事をしていると、やはり植物に囲まれているのは気持ちがいいんですよね。その土に住んでいる無数の菌や微生物たちと共生している感じがします。加湿器も使っていませんし、心地よく仕事ができるという意味で僕のお気に入りの空間になっています」
歴史ある古民家を次に繋ぐために改修
オフィスとして使われている大正時代の古民家はどのようにして出逢われたのでしょうか。
「たまたまメインで使っているオフィスから歩いて5分くらいのところに古民家が空き家になっていたんですね。それをなんとか活用できないかと思って、僕たちが改修しました」
現在の建築と当時の建築とは違うものですか?
「作り方が全然違いますね。木造3階建てなのですが、非常に華奢なつくりになっているので、大事にしたいなと感じさせる建築です」
命の短い生き物に囲まれていたからこそ、永く残る建築に惹かれた
建築家を目指したきっかけはどういったものだったのでしょうか。
「小さい頃から生き物が好きで、常に何かしらの生き物を飼っていたのですが、大体生き物というのは寿命が短いんです。我々人間も約80年ほどと決して長いわけじゃない。命の短さという制約を、子どもの頃から感じていたんです。そんな中で、たとえばガウディのサグラダファミリアは百年以上にわたってずっと工事が続いていますし、完成してからもまた数百年、もしかしたら数千年使える可能性があるんです。
そういった長寿命なものに、命の短い生き物に囲まれて生活していたぶん興味があって、こういう仕事をしてみたいな、と感じました。日本だと法隆寺もそうですが、1000年経っても生き続ける建築に魅力を感じて建築家を目指し、今に至ります」
プロダクトもアートも建築デザインの一つ
板坂さんは建築家を軸にプロダクトデザイナーやアーティストのキュレーターとしても活躍されていますが、それぞれの共通点や違いはどう言ったところでしょうか。
「特に違いというものは感じませんね。バウハウスという学校がドイツにあったのですが、そこの学長は建築を総合芸術だとおっしゃっているんです。空間には家具やアートも含まれますから、僕としてもその言葉は身に染みるように感じています。建築デザインの延長もしくは建築デザインと一体として、プロダクトデザインもアートもあると考えています」
海外メゾンとの協業の中で学んだ文化保護の重要性
板坂さんはフランスのビッグメゾン、エルメス社ともお仕事をされていますが、ご一緒されるきっかけはどういったものだったのでしょうか。
「2015年にエルメスのプティ アッシュというラインの大きなイベントが京都で開催されたんです。それに向けてエルメスが前年に日本のデザイナー数名に声を掛けていて、その中に僕も入れて頂いたことがきっかけです。それからずっと毎年のように何かしらのデザインに携わらせて頂きまして、今年もパリの本社でプレゼンテーションを行ったりと、関係を続けさせて頂いております」
海外のビッグメゾンとお仕事をされるなかで学ばれたことや気づきはありましたか。
「学びは無数にありますね。エルメスは単にバッグやアパレルメーカーという枠にはまっておらず、私からすると文化保護組織のような存在に感じています。日本には守るべき文化がいっぱいあるのですが、そういった仕組みはできていないのが実情ですよね。そうした日本の課題にエルメスの取り組みが応用できたらいいな、と感じたことが僕の中の学びのひとつですね」
微生物に至るまで、細部にこだわって空間を設計する
菌や微生物などの細部のデザインまでも大切にしながら設計活動を行っていると語る板坂さん。目に見えないものまでも意識した細やかな設計だからこそ、永く生き続ける建築作品を生み出せるのかもしれません。
後編:「そこに住み着いている微生物も次の100年に引き継ぎたい」建築家・板坂諭の建築活動で大切にしているこだわりや万博パビリオンに込めた想いについて(1月17日 公開予定)