プリツカー賞受賞建築家・磯崎新による「水戸芸術館」は、ポストモダンの時代の代表作!

建築家・丹下健三に師事し、1963年に自身のアトリエを設立した磯崎新。ポストモダニズム建築の傑作とされる「つくばセンタービル」や「ロサンゼルス現代美術館」をはじめ国内外で100以上の建築作品を手掛け、思想・芸術を横断する評論活動は後世に絶大な影響を与えました。そんな彼の代表作の一つでもあるのが、茨城県にある「水戸芸術館」。「それを運営する中身が組み立てられることが、いい施設の生み出される鉄則である」との理念から、開館前から水戸市芸術振興財団の理事に就任し、ハード・ソフトの両面から市民に愛される存在を目指した建築には、磯崎ならではのこだわりが詰まっていました。

音楽・演劇・美術の3つの施設からなる複合施設

水戸芸術館は高さ100mの塔をシンボルとした、コンサートホール、劇場、現代美術ギャラリーの3つで構成された複合文化施設で、市制100周年記念施設として1990年3月22日に開館しました。

撮影:田澤 純 写真提供:水戸芸術館

従来に多かった多目的ホールや単独の施設とは異なり、芝生の広場をとり囲むように、コンサートホール ATM、ACM 劇場、現代美術ギャラリーの 3つの独立した施設から成り、音楽、演劇、美術の3部門がそれぞれに多彩な事業を活発に展開しています。

広場を三方から回廊で取り囲んだ構成は、磯崎らしい西洋の古典主義的建築の手法に習った形状となっており、各建物は人間的なスケール感を醸し出せるよう分節されているのです。

撮影:田澤 純 写真提供:水戸芸術館

六角形のコンサートホール、円筒形と立方体を組み合わせた劇場、ピラミッドが載った現代美術ギャラリーなど、それぞれ個別にデザインされた特徴ある外観を持つものの、内部は繋がったひとつの建築になっています。

水平に連続する建物群は威圧感がなく、同じ石材やタイルが仕上げに使われているため自然な統一感が感じられます。

1辺約60mの正方形の広場には、南側に3本の大ケヤキ、正面奥に笠間産の御影石が吊られたカスケード(噴水)が配置され、市民の憩いの場となっています。

無限に連なるらせん状の塔

撮影:田澤 純 写真提供:水戸芸術館

建物の特徴とも言えるシンボルタワーの外装はチタンパネル製で、1辺9.6mの正三角形57枚を三重のらせん状に組み合わせて天に伸ばしています。エレベーターで内部構造を見ながら地上86.4mの展望室まで昇ることができ、水戸市とその郊外を眺めることができます。タワーの形状はDNAのらせん形状を模しており、同型のかたちが反復しながら無限に伸びてゆくのはブランクーシの「無限柱」に着想を得たものでもあるのです。

教会建築のようなメインエントランス

3施設共通のメインエントランス。円形の柱や双柱、メダル風の装飾によって、欧州の建築を想起させます。

残響時間の長い吹き抜けの空間(幅7m、奥行き22m、高さ11m)には、1階にチケット&インフォメーションカウンターがあり、2階には、日本のマナ・オルゲルバウ社製のパイプ総数3,283本、46ストップの国産最大級のパイプオルガンが設置され、ここで単独でのコンサートも行われます。

オルガンはあえてコンサートホールから出され、エントランスホールをオルガン・ホールとすることで空間の音響をオルガンに特化させています。

客席と舞台が一体となったコンサートホール ATM

撮影:田澤 純 写真提供:水戸芸術館

クラシック音楽専用ホール。六角形のステージがあり、座席が取り巻くような構成となっています。舞台背後にも座席があり、合唱隊のために使うこともできます。ホール天井は3本の大きな柱で支えられており、空間に荘厳なアクセントを与えています。天井の音響反射板は可動式で、演奏する音楽の特性に合わせて最適な残響に変えることが可能になっています。

演出に合わせて自由に形を変えるACM劇場

撮影:田澤 純 写真提供:水戸芸術館

472席から636席まで、席数可変の劇場。舞台を囲むように円形に座席が配置され、さらに3階まで座席があるものの、舞台の面積が大きいため最上階や最後方からでも舞台との距離は近くなっています。また舞台は10分割してせり上がるようになっており、舞台を小さくして座席を多めにしたり、舞台を階段状にして演出意図に合わせて調整可能となっています。

作品に合わせた展示空間を選べる現代美術ギャラリー

撮影:田澤 純 写真提供:水戸芸術館

美術ギャラリー。この部分のみを指して水戸芸術館現代美術センターとも呼ばれています。

合計9室の展示室を持ち、高い天井・明るい照明や外光・シンプルなホワイトボックスなど、展示物に合わせて最適な空間を選ぶことができます。

形状も回廊状の細長い空間やトップライトを持つ高い空間などさまざま。壁に直接釘を打ったり絵を描いたりすることもできるなど使用方法は自由さを重視しています。

通常の美術館とは違い、企画展示に予算を集中しているため美術史の流れに沿った収集や、関連する作品をあわせて収蔵するような系統だったコレクション形成を図るような活動は行っておらず、企画する展覧会開催に必要な場合にのみ美術作品を収蔵しています。

ポストモダンを取り入れた装飾性と機能性が文化を支える

水平に連なるコの字の建築と、その中心に広がる芝生の広場。「知の巨人」とも呼ばれる磯崎ならではの合理性を携えた装飾性の高い荘厳な佇まいの「水戸芸術館」。音楽、演劇、美術それぞれが最大限に引き立てられるよう、各空間が構成されています。美術館建築を多数手掛け、芸術への造詣が深い磯崎の視点が随所に行き渡った空間は、これからも市民に愛され、永く使われていく存在となるでしょう。