福岡で最も古いタウンハウス。その「普遍的な存在感」を次代に手渡すリノベーション

福岡にある8邸のみの集合住宅。1981年の新築当初、住民に配られたパンフレットには「福岡で初めてのタウンハウス誕生」の文字が踊る。それから40年。福岡最古となったそのタウンハウスはリノベーションを経て、また次代へと引き継がれている。

設計・コーディネートを担ったのは、design casaほか各プロジェクトで新築注文住宅も手がける「STUDIO KICHI(スタジオキチ 一級建築士事務所/代表:吉野伸一)」。ここから住まいを建築家にゆだねる意味、古いものを遺していく価値が見えてくる。

木製アールや木目が美しい無垢材を、遺していきたい

新築時からの床の表面を研磨し、再度オイルを浸透させ再生させた。写真提供:勝村佑樹 / https://www.yukikatsumura.com

「STUDIO KICHI」がオーナー夫妻から最初に受けたのは「新しくしすぎないでほしい」という注文だ。リノベーションに着工した2019年当時で、すでに築38年。しかし新築当初から暮らしていたファミリーの手入れにより、痛みがひどいということはなかった。

木製のアールは遺したかったパーツ。床がパーケットの部分はその昔、廊下で壁で区切られていた。写真提供:勝村佑樹 / https://www.yukikatsumura.com

もちろんスケルトン状態に戻し、フルリノベーションという選択肢も考えた。しかし、リビングとダイニングをつなぐ木製のアールや、さざ波のような木目が浮き出る無垢材(おそらくミズナラ)の床は、今となってはなかなか実現できないもの。壊して廃棄するのは簡単だが、その「普遍的な存在感」を遺してあげたいという想いもあった。

足りない点をおぎなうのは、ガラスの引き戸

コンクリートの梁をあらわしにして、硬質さをプラスした。写真提供:勝村佑樹 / https://www.yukikatsumura.com

まず提案したのは、ガラス引き戸を配したコーディネートだ。古い住宅は採光に配慮していない場合が多い。このタウンハウスのような長屋タイプはなおさらである。さらに間取りが細切れの3F建てで、天井には遠慮なく梁が出ている。そんなマイナス点をカバーしてくれるためだ。

玄関〜廊下〜手前の洋室〜奥の洋室(元和室)を区切っていた壁はすべてガラスの引き戸に。写真提供:勝村佑樹 / https://www.yukikatsumura.com

昼間でもほぼ採光のない1Fは透明感と暗さが混じり合う不思議な空間に。何時間いても飽きず、時間を忘れてしまうという。

建築家は家のなかに「象徴」をつくる

食事の時間も、お茶の時間も、ダイニングからいつも眺めているのは階段。写真提供:勝村佑樹 / https://www.yukikatsumura.com

この家の象徴的な場所は、2Fのダイニングから眺めるコンクリートの階段だ。以前、階段を囲んでいた壁を取り払い、空気と熱をコントロールするためにガラスの引き戸を設置。そのむこうに躯体そのままの階段を見せた。

宙に浮かぶ、コンクリート階段。写真提供:勝村佑樹 / https://www.yukikatsumura.com

「実は、個人宅でRC造3階建てというパターンはかなり珍しい。1階や最上階でなく中間にある階段だから、宙に躯体が浮く光景をつくりだせる」とは「STUDIO KICHI」の吉野氏。建築家としてもあまり出会えない躯体だったのでこのスタイルを提案した。

「さすがにこのアイデアは思い浮かばなかった」というオーナー夫妻がいちばん気に入っている場所でもある。

インテリアにも良質のアドバイスを

スチールのライトが差し色ならぬ、差し素材に。写真提供:勝村佑樹 / https://www.yukikatsumura.com

完成後、床や天井、ドアなど木部が多いので「インテリアにはあえて、硬質なもの、光沢のあるものを入れ込んだ方がいい」と「STUDIO KICHI」からの提案も。そこで新しく追加した数少ないインテリアには、スチール製のペンダントライトやオフィスのような縦型ブラインドを採用。福岡最古のタウンハウスを昭和レトロで終わらせない、建築家の視点が活きたリノベーションとなった。

STUDIO KICHI(スタジオキチ) URL :  http://www.s-kichi.co.jp