日本人が作った外とうちをつなぐ縁側を装備する「casa amare」の魅力

 

「縁側」という言葉には、なつかしい響きがある。

西洋化した現代の住宅ではベランダやバルコニーにとって代わられ、あまり見かけなくなった縁側だが、どうしても敷地面積が狭くなりがちな日本の家にとっては大きな役割を果たしていたのだ。

 

家の外でもなく中でもない貴重な空間・縁側

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縁側にはいくつかの種類がある。今も比較的多く見られるのが「内縁」というもので、部屋の外側にある板張りの縁側があり、屋外とは建具で仕切られているものだ。このタイプは、縁側をサンルーム風に使っている家なども見受けられ、実用面でも優れているようだ。

建具の外に板の間が出ている形の「濡れ縁」(外縁)は、文字通り、雨が降れば濡れてしまうこともあり、ベランダやバルコニー的な位置づけになる。ただ、バルコニーなどに比べると、縁側は1階にあり、部屋とのつながりも感じられやすいため、昔から、近所の人が訪ねてきて、腰かけて話をしたり、というコミュニケーションの場として使われてきた。

もうひとつ、「入縁側」という仕様もある。これは、内縁の外にさらに建具で仕切られた濡れ縁があるもので、かなり豪華な雰囲気になるが、別荘などでは割合見かけることがある。

 

縁側の歴史をひもとく

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縁側は、平安時代の絵巻の中にもその原型らしきものが見られるほど、歴史が古い。平安時代の神殿造にも、建物の周囲に板の間がつけられたものがあり、日本人にとっては、この「家の外と中をつなぐ中間地点」が古くからなじんだものだったことがわかる。

日本建築の最高峰とも言われる桂離宮の古書院の月見台も、いわば「濡れ縁」の一種であり、池に突き出た形で設けられた縁側だ。素材は竹で、月を鑑賞するために設けられたという。月見台には屋根もなく、開放的で、月をより美しく、長く愛でられるような配慮がなされている。

縁側は、自然を大切にし、身近なものにしておきたいという日本人の気持ちの表れでもあったのだろう。

 

コミュニケーションの場として復権する縁側

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そもそも国土面積の狭い日本の家は、海外の住宅に比べれば狭小だ。

それでも、家の中にいながらも、障子を通して外の明かりを感じたり、縁側という場所を通じて、屋外の景色を楽しむこともでき、実際の面積よりも広がりが感じられる家づくりをしてきた。それは日本人の知恵だろう。

さらに、縁側は「濃すぎず、薄すぎず」のコミュニケーションには最適な場だった。ちゃんと家に上げるほどの関係ではない相手でも、縁側になら招き入れることはできるし、家主の側も、外出するような気負いなく出ていくことができるのが縁側でもある。このなつかしくも便利な空間が、casa amare では復権している。日本人らしい家の新しい形を目指すcasa amare  のひとつの目玉となりそうだ。

 

 

縁側という空間は、これから加速していく日本の高齢化にとっても使い勝手がよいのではないだろうか。

現代社会では、どうしても近隣との関わりは希薄になりがちだったが、これからの高齢化社会では

そうもいかなくなる。

近隣同士が見守り合う社会には、縁側がよく似合う。