史上初の大陸をまたいで登録されたユネスコ世界文化遺産「ル・コルビュジエの建築作品」

20世紀の近代建築運動に大きな影響を及ぼした1人である、ル・コルビュジエ。彼の残した建築作品の中でも、傑作とされる建築が2016年にユネスコ世界遺産委員会で「ル・コルビュジエの建築作品」として、世界文化遺産へ登録された。東京都上野の上野公園にある「国立西洋美術館」を含む7カ国17の建築は、世界遺産初の大陸を跨ぐ登録となっている。

日本で唯一のル・コルビュジエの建築作品「国立西洋美術館」

ル・コルビュジエは、「無限に成長する美術館」を構想した。収蔵品の増加に備え、予め周囲に十分な敷地を確保して美術館を建て、足りなくなったら画廊を外側へ拡充していくという計画である。実際にこの構想を完全に実現した美術館が建築されることはなかったが、この国立西洋美術館も、その構想を基礎に建てられたものである。

日本で唯一のル・コルビュジエによる建築であるこの「国立西洋美術館」は、ドミノ・システムを感じさせるヴォリュームを浮かせた構造や、1階の一部をピロティにするなど、いたるところに彼らしさが散りばめられている。

国立西洋美術館

開館時間 : 9:30~17:30
休館日 : 月曜日
電話 : 03-5777-8600
URL :http://www.nmwa.go.jp/jp/index.html
住所 : 東京都台東区上野公園7番7号

 

ル・コルビュジエの提唱した「ドミノ・システム」と、「近代建築の五原則」

一旦ここで、彼がなぜこれほどまでに評価されたのか。彼が建築の歴史に与えた功績を再確認するとする。

彼は戦後、安価な住宅を大量に生産するアイディアとして、柱と梁によって建築全体を支える構造、ドミノ・システムを考案した。重厚な壁に包まれたこれまでの建築とは異なり、開放的な明るく自由な住まいイメージを象徴した。

このドミノ・システムを土台とし、彼の提唱したもう一つの安価な大量生産住宅である白い箱型住宅「シトロアン」の考え方と結びついて、後に発表されたのが近代建築を世の中に広めるきっかけとなった、近代建築の五原則である。

1.ピロティ:地面から建築を解放し、交通と植物、運動のための場に。
2.屋上庭園:屋上と空を解放し、日光浴、運動、菜園の場に。住居を湿った層で保護。
3.自由な平面:部屋の形や配置を構造壁から解放。間仕切り壁で自由につくれる。
4.水平連続窓:自由に大きい窓がつくれるため、建物内部を一様に明るくできる。
5.自由なファサード:絵画を描くように自由にデザインできる。

一様に造られた伝統的な建築は、重厚な壁に斜めの屋根がかかり、衛生的にも問題があった。彼はこういった伝統に対し、20世紀初頭からようやく一般化された鉄筋コンクリートの技法を適用した新しい建築の可能性を考え、住環境の改善をめざした。

世界初の大陸をまたぐ7カ国17の構成遺産

ル・コルビュジエの建築作品は、フランスを中心に、世界7カ国にまたがった世界ではじめての世界文化遺産である。先に紹介した、「国立西洋美術館」以外の16の構成遺産を紹介する。

ドイツ

ヴァイセンホーフ・ジードルグの住宅(1927)

「近代建築の五原則」を提唱した翌年に建てられ、彼はこの建物で本格的にその要素を実現させた。建設当初、空中に浮かぶ直方体の建築に対し、非現実的あるいはロマン的すぎる、不自然の形態の強要であるといった批判が寄せられた。

アルゼンチン

クルチェット邸(1949)

世界各国に現存するル・コルビュジエの建築だが、クルチェット邸は南アメリカ大陸唯一とされる。「ル・コルビュジエの家」として映画でもつかわれた。

ベルギー

ギエット邸(1926)

画家ルネ・ギエットの依頼で建てられた邸宅。近代建築の五原則の自由なファサードの典型とも言えるファサードをもつ。こと色彩については、現地訪問の際にル・コルビュジエ自身で唯一詳細に色番号の指定を行うという強いこだわりを見せた。

フランス

ラ・ロッシュ=ジャンヌレ邸(1923)

ル・コルビュジエが近代建築の五原則を発表するのは1926年だが、この建物ではそれに先立って水平連続窓が実現している。

ペサックの集合住宅(1924)

ル・コルビュジエのスケッチには箱型住宅が並ぶ都市景観が描かれる事があったが、ペサックの集合住宅はそれを実現させたごくまれな例である。

しかし、景観に対する保守的な考えをもつ住人の存在や、現地の業者を起用しないことによる摩擦によって、当初135戸建設される予定が、46戸にとどまった。ル・コルビュジエのこだわりによって、建築費も跳ね上がり、労働者住宅にしては不適切な入居金となったことも要因の1つとされる。

サヴォア邸(1928)

ピロティや水平連続窓など、近代建築の五原則が集約された最高傑作とされるのが、このサヴォア邸である。サヴォア邸は、前述した近代建築の五原則と建築の中を歩き回ることによって「建築的プロムナード」を体現できる。

ナンジェセール・エ・コリ通りのアパート(1931)

1番上の2階部分はル・コルビュジエのアトリエと住居がある。

ユニテ・ダビタシオン(1945)

3階分を1つの単位とし、L字型と逆L字型を組み合わせ、その間に老化を挟むという基本構造になっている。

サン・ディエ工場(1946)

ル・コルビュジエは戦後復興に伴う包括的再建計画を構想していたが、どれも叶わなかった。それを支持していた者のひとりが、自身の持っていた工場が第二次世界大戦で破壊されたことから、その再建をル・コルビュジエに依頼した。

ロンシャンの礼拝堂(1950)

無信仰を表明していた彼だが、依頼を受け宗教建築も多く手掛けた。このロンシャンの礼拝堂は、初期の幾何学的な造形とは大きく異る、後期の最高傑作として、高く評価されている。

カップ・マルタンの小屋(1951)

妻イヴァンヌに贈られた休憩小屋である。底辺は3.66m四方、天井高2.66mというコンパクトな丸太小屋は、彼が構想していた「最小限住宅」の実践でもある。

ラ・トゥーレットの修道院(1953)

大型建築としては唯一、ル・コルビュジエの構想が何の修正や反対も受けずに実現した修道院である。意図的に斜面に建設し、空間設計に工夫が凝らされている。

フィルミニのレクリエーション・センター(1953-1965)

労働者の生活環境改善の「フィルミニ=ヴェール」という新しい街区が構想され、ル・コルビュジエはその街区に建設するスタジアム、サン・ピエール教会、文化と青少年の家、ユニテ・ダビタシオンなどであった。彼の構想は生前に完成することはなく、長い間未完成のままになっていた。2004年にようやく工事が再開され、2006年に竣工した事実は、ル・コルビュジエ作品の世界遺産推薦の機運も高めたともいわれている。写真は、文化と青少年の家。

インド

チャンディーガル

彼が数多く構想した都市計画の中で唯一実現したものである。

スイス

レマン湖畔の小さな家(1923)

ル・コルビュジエが両親のために建てた文字通り小さな家で、長さ20m幅3mである。

イムーブル・クラルテ(1930)

各階8つの部屋がある集合住宅で、稼働する仕切り壁やビルトインの家具を備えている。また、依頼者が金属製造業者であったことから、スチールフレームが採用された。

 

近代建築に大きな影響を与えたル・コルジュジエの世界的な建築の1つが国内にも存在するということを契機に、日本人が建築自体に興味を持ったり観賞したりするような機会になればよいと思う。